LOGIN思い出すとまた逆上せそうになって、オルタナはブンブンと頭を振った。
公爵がどんなつもりでただのフリだけの契約番を構うのかは分からない。
けれど、これ以上あまり知りたくないとオルタナは思う。知れば戻れなくなる。
祖母が解放されたら、モリガンに戻ってまた店を手伝いながら慎ましい生活を送るのに、こんな熱や感触を忘れられるだろうか――と。
大勢の使用人達に囲まれて支度を終えた後は、また貴族の御曹司の様な格好をさせられて、ミレーに髪を結われた。
「ヴィー様とお風呂、楽しかった? オルタナ」
「……」
「ふふっ、オルタナは顔が雄弁ねぇ」
「あの、僕と公爵様は……」
「うん? 良いのよ。ヴィー様が決めたなら、私達にとってそれが正解なの」
「正解……」
「口を開けろ」 寝台脇に置いてあった水を口に含んだ公爵が、ぼんやりとした意識の中で口移しで水をくれた。「んっ……はぁ……」「辛いか?」「……もっと」 触れられたい。 逞しく強い両腕の中で身を捩る。 公爵の足の間に挟まれている自分の細い肢体の中で、熱と一緒に体中の血が駆け巡っていた。「どうして欲しい?」「さわっ……触って……何か、変っ……」 公爵の甘い声が耳朶を溶かして、首筋を甘美な痺れが走る。 段々と下半身に熱が籠って足が開いてしまう。 公爵の大きな掌が撫でる程に体温が上がって、意識も明瞭としない。 いつか手放してしまいそうな自我と、感じたことのない昂りに勝手に涙が出てしまう。「泣くな。薬のせいで発情してるだけだ」「はつ……じょ……?」「そう、だから俺に身を委ねて」 そう言った公爵の手が、するりと脇腹を撫でる。 服の上から撫でられるだけで、ビクリと腰を引いてしまうほどに敏感になって、それが初めての感覚で恐怖を感じた。「あっ、やっ……こわぃ……」「怖くない。大丈夫、俺がいる」「こうしゃっ……」 着せられている公爵のローブの内側は、ふんわりと公爵の香りがする。 漂うような妖艶な香りに、より一層呼吸が乱れてしまう。 その匂いを意識しただけで、一気に感情が昂って理性が焼き切れた。「いい……匂い……」 シャツ越しに公爵の熱い胸板に鼻先をこすり付け、吸う。 おかしな事をしているけれど、止められない。 分かっているけれど、止められない。 何だコレ。どうしよう。どうしたら…… そう思えば思
王城から帰ったその晩、オルタナは晩餐前に許しを得てサリバン公爵邸の地下室に向かう。 公爵が言うに、そこは特別な部屋だ。 前サリバン公爵が薬学研究を始めた際に、教会派に妙な嫌疑をかけられない様に作られたそうだ。 古文書から童話の様な類まで、幅広く収集された書簡が並ぶその部屋を、特別に使って良いと言われていた。 少し一人になりたかった。 契約だと分かっていても、嘘を言ったわけではないのに心が疲弊している。 本心を言った所で、現実は契約に変わりない。 祖母が解放されれば、この妙な番ごっこは終わる。 それがより一層、重く苦しくなりつつあった。 あの後、事件ごとにモリガン班とアウルム班、アルメリア班の三つに担当を分けられた。 オルタナはウケイと共にアウルム班。 モリガン班には会った事のないモリガン軍に潜伏している影の人達、アルメリア班には特警の三人が割り振られた。 三日後にあるモリガン兵殺害に関する審議で、ルアド・モリガン大佐が召喚される。 その審議が終わり次第、オルタナはウケイと共にもう一度アウルムへ出向く事になっている。 オルタナは王に言われた番の条件を思い出した。「無理に体を開けとは言わんが、発情状態を一度で良いから経験する事」 発情した事がないΩと、発情を経験したΩでは雲泥の差がある。 陛下の言い分としては「嘘は真実が混ざってこそ嘘たり得る」らしい。 発情したΩの項をαが噛まなければ番として成立しないのに、発情しないなんて致命的なのだ。 公爵の番だと公表するには、発情状態を知らないΩではバレるのも時間の問題だ、と言われた。「はぁぁぁあ……疲れた……」 オルタナにとって発情しない事は利点でしかない。 だから誘発剤を飲んだ経験も、それが必要な場面に出くわした事もない。 娼婦達に“それらしい飴”を売っていたが、
「それで? ウケイ殿には何か妙案が……」「彼を利用するつもりですか?」「利用?」「貴方は手段を選ばない所がおありだ」「まぁ、そこは自負していますが、利用とは聞こえが悪いですね」「では何故、番等と言い出された?」「愛しいから、では理由になりませんか?」「愛しいだって?」「えぇ……それ以外の理由としては、先に申した通り彼の安全を考えた上での最善の措置だと思ったのですが……貴方に奪われてしまった」「特警と一緒に動くとなれば余計な危険も増えます」「貴方の提案に意義はありませんよ。私は盤上遊戯で貴方に勝てた事は一度もない」「私を出し抜いておいて、よくそんな事が言えますね」 そう言ってウケイは呆れた様に笑う。 確かに、ウケイに知られると面倒だと思っていた。 国中の民にハッタリをかます様なこの番契約を、完璧主義の彼が反対するのが分かり切っていたからだ。 公爵は今までの自分の行動がウケイに疑念を抱かせているのも重々承知している。 若い頃、多くのトラブルに見舞われて、Ωを毛嫌いし避けていた。 立場上、公務や社交を放棄出来ない。 姦計を仕掛けた者達には二度とそんな気が起きない様に徹底的に報復して来た。 健国王の血と持ち上げておきながら、種馬扱いする奴らを完膚なきまでに排除して来た。 そんな事態を見兼ねて、フェロモンを遮断するローブを作ってくれたのはウケイだ。「俺はこの十数年、貴方と兄上の為に忠実に動いて来た」 「それは承知して……」 「兄上を王座に就け、義姉上との婚姻も整えた。少しくらい褒美を貰っても許されるのでは?」「貴殿の献身には感謝しています。ですが……」「私は貴方のお覚悟をただのハッタリで棒に振るつもりはありません。お約束します。彼を傷つけない、と」 公爵はそう言ってウケイの双眸を捕らえた
「オルタナはヴィーの何処が好きなんだい?」「えっ……と、どこ……でしょう……」 海千山千の大人三人を相手に、この質問攻めはいつ終わるのだろうか。 そんな事を思うが、王陛下の目はジッとこちらを捕らえて逸らさない。「こうしゃ、いや違った……。ヴィー様はいつも周りの事を考えていらして、僕みたいな身分の低い者にもとても優しい方だと思います」「模範解答だな」「あのっ、それだけじゃなくて……ぼ、僕を凄く大事にしてくれるんです! が、我慢強くて……えと、カッコいいですっ!」 いや、言わされた感! 嘘ではないけれど、誰かの事を好きだと言葉にした事もなければ、カッコいい等と面と向かって褒めたこともない。 って言うか、そんな事を口走った自分に吃驚する。 番契約は祖母の解放を約束してくれた王妃に対価を払う為に、必要な事だ。 公爵に助けて貰うには公爵を助けなければならない。 助けて貰う為に助けなさいって婆ちゃんも言っていた。 酷く利己的な教えだが、商売人の祖母らしい考え方だ。 公爵が動きやすくなるように、必要な事なのだと理解している。 その公爵はどうせニヤついているのだろうと隣を盗み見ると、思いの外嬉しそうでそっちに驚いた。「ぶはっ! あははははっ、素直で結構。オルタナ、そなたの望みを叶えてやろう。ウケイも、それで良いな?」「陛下の御心のままに」「私も妻の友人に一役買えて、株も上がる。だが、タダでと言うのは面白くないな」 そう言った陛下が出した条件に、オルタナは頭を抱える事になる。◇◇◇ 御前を退席する折にウケイが追いかけて来る。 「少し、宜しいですか? 公爵様」「……オーリィ、ここを真っすぐ行くと東棟に渡る廊下がある。その廊下を渡って最上階へ上がると特警の詰所があるから、そこで待ってなさい」
「つまり、事件の担当を割り振ると?」 そう聞いた公爵に、ウケイはコクリと頷いた。「現状、王も王妃も派手な動きは出来ない。その上、特警の皆様の負担が大きく、移動や燃費を考えても効率が悪い。得意な者が得意な場所で、事に当たるのが最善かと」「なるほど。それで、お前はどう考えているのだ? ウケイ」「モリガン兵の毒殺、ラカンの種芥子密輸、教会の“聖水”問題、そしてアウルムの件。先の三件は繋がっている可能性が高く、即解決とは行きますまい。しかし、アウルムの件は人的被害が出る前に解決する必要があります」「つまりアウルムの件を自分に任せろ、と言っているのか? ウケイ」「それが一番効率的ではありませんか?」「私情か?」「……私情です」 オルタナは黙って話を聞いていたが、アウルムの件にウケイが当たるのは至極当然に思える。 王が言う私情と言うのが、夜葡萄の研究に関わる事だったとしても、謎の植物の研究者がいると言うのは、不幸中の幸いと言っても過言じゃない。「ふはっ、良かろう。他に望みはあるか?」「オルタナ殿に、私の補佐を頼みたい」 そう言ったウケイが、こちらへと視線を寄こした。「え……?」「あっはっは、ヴィーからオルタナを取り上げるか。やられたなぁ、ヴィー」「公爵様の番の発表は少し後になります故、その間、彼の事は私が必ず守るとお約束しましょう」 公爵は少し沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。「良いでしょう。ウケイ殿に貸しを作るのも悪くない」「いや、あのっ……でもっ……」「何だい? オルタナ」「あの、王陛下。ラチア様の側近と言うか&he
「……王陛下、どうなさるおつもりで? サリバン公爵には運命の番との婚姻を宣告されたはず。彼を番だと公表すれば、それは婚姻の表明と同義では?」「そうだなぁ……。教会が煩いだろうけれど、まぁ、イケるんじゃないか?」「運命の番が見つかるまでの、要は愛人と言う事ですか? 発情しないΩと?」「ウケイがこの話を良く思わないのは分かるけどね。彼の命には代えられんだろう?」「それはまぁ……そうですが」 オルタナは王の膝の上に乗せられているこの現状で精一杯で、話が耳に入って来ない。 何でこんな状況になっているのか。 早くここから降りたい。 降りたい。 降ろしてくれ。「オーリィ、こっちへおいで」 見かねた公爵のその言葉を聞いた瞬間、オルタナは王の膝の上から脱兎のごとく飛び出し公爵の後ろにしがみついた。 怖かった……。何だ、コレ。「おや、逃げられてしまった」「大丈夫だ、オーリィ。兄上は子供が好きすぎる変態なだけだ」「変態って言うな。お前だってその子を番にしたいんだろう?」「オーリィは立派な青年です」「見た目は少年だが?」「見た目は関係ないでしょう? 王妃陛下だって立派なレディでは?」「ラティは私の唯一だ。他の誰にも真似の出来ないファーストレディだよ」 この兄弟は本当に頭が良いのだろうか。 オルタナはようやく耳に入って来た会話に首を傾げた。 よくよく俯瞰で見れば、王と元王弟と王妃の側近がここにいるだけで、何やら異様な空気が漂っている。 異国には三人寄ればナントカ……って諺もあるらしいが、この三人が寄っていたら国家転覆ですら朝飯前に見えてしまう。「オルタナ殿はどうなのですか? この話、納得されてますか?」 そうウケイに聞かれて、一瞬公